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2011年8月

2011年8月16日 (火)

松田直樹 追悼~2004年チャンピオンシップ~

スカパーで2003年の優勝の瞬間見て思いだした。

優勝の喜び、興奮、魂の震える瞬間。

そうだ、今年こそ優勝しなければならんだろう!連敗なんかしてる場合じゃない。

2003年の後期優勝&完全制覇も興奮したが、チャンピオンシップを制した2004年の戦いもすさまじいものだった。

浦和レッズとのチャンピオンシップ2試合は熾烈を極めた。

俺は2試合ともスタジアムでその戦いを見つめ、声を出しチャントを奏で歓喜を味わった。

今こそ思い出せ!

天国のマツに笑われないために!

第1戦、竜二のヘッドが決まった瞬間。

第2戦、ドゥトラのPKが決まった瞬間。

俺たち数万人は一体となって叫び、泣いたじゃないか。
(第2戦の埼玉スタジアムにマリサポは5,000人くらいしか入れなかったけど)

あの魂を震わせる瞬間を今年こそ味わいたい。

それこそがマツに報いることだと思う。

【2004サントリーチャンピオンシップ第1戦 横浜FM vs 浦和 レポート】河合の決勝ゴールが炸裂!岡田F・マリノス、完璧な試合運びで初戦勝利 

【2004サントリーチャンピオンシップ第2戦 浦和 vs 横浜FM レポート】堅守の岡田マリノス、2年連続年間王者 MVP中澤、名実ともに日本一のDFに 

今年こそこの感激をマツに捧げよう!!!

2011年8月15日 (月)

松田直樹 追悼放送~2003年J1完全制覇~

2003年11月29日、J1後期最終戦。

マリノス vs ジュビロ。マリノスファンにとっては伝説の試合です。

8月14日(日)のスカパーでのマツ追悼放送を、食い入るように見てしまいました。
実はこの試合当日、私は息子と約束があったのでキャンプ場でTVで見てました。
雨がじゃんじゃん降っててコテージのちっちゃいTVにかじりついてたことを思い出します。
たしか地上放送でマリノス vs ジュビロ戦とアントラーズvsレッズ戦を二元中継していたと記憶しています。
(Youtubeに映像がありました。感謝です!)

スカパーの放送は当時の実況ではなくて実況と解説を新しくかぶせた放送でしたが、解説はマツの親友である、ヤスこと安永さん。
ヤスの何ともプロらしからぬ一人のサッカーファン目線での解説や、同い年・同期入団の親友マツとのエピソードなどを語ってくれたので面白かったですよ。

この年の前期はマリノスが優勝。
しかし後期は14節終了時点(残り1試合)で大混戦。

1位 ジュビロ 勝点26
2位 アントラーズ 勝点24
3位 マリノス 勝点23
4位 ジェフ 勝点23

ジュビロが勝てば文句なし優勝ですが、負ければどうなるかわからない状況。

結果から言えば、ロスタイムに久保の神ヘッドでマリノスがジュビロに逆転勝ち。
アントラーズは同じくロスタイムにレッズに追いつかれ引き分け。
その結果、マリノスが奇跡の逆転優勝、前後期完全制覇で2回目のリーグ優勝を成し遂げた試合でした。

この日のマツの髪型は2002W杯仕様。
この再放送を見て初めて知ったんですが、ロスタイムの久保ヘッドへのアシストはマツの前線へのフィードだったんですね~。

奇跡の逆転優勝ってこともあって大変な試合だったんですが、この試合・・・哲っちゃんがグラウを突き倒して一発レッドになった試合だったですね。
退場した後、泣きじゃくってた哲っちゃんでした・・・
数年後グラウがマリノスにやって来るとはこの時誰も知らない・・・

この試合のFWはマルキ、久保のツートップ。
2列目が奥ちゃんと遠藤(兄)。
左サイドにドゥトラ、右サイドに由紀彦。
これだけでも泣いてしまいそうなメンバーなのに・・・
途中出場は哲っちゃんに代わり下さん(うわ~!)
あーれーうーえのーよーしはーる!のよっちゃん!
あと・・・大橋君ね。

久保がトラップしてから走り出す姿・・・今見てもヒョウのような美しさ。
奥ちゃんやよっちゃんの職人芸。
マルキもキレキレだし。
このチームはやっぱり強かったね。

マツのデビュー戦の追悼放送もそうだったけど、当時の試合をその時とは違う目で見れるっていう貴重な放送でした。
90分を通して両チームの選手の集中力はすごかった。特に最後の10分間の盛りあがりとスリリングな展開(アントラーズvsレッズも含めて)は間違いなく日本サッカー史上に残るものだと思います。

哲っちゃんが退場した時に皆を鼓舞していたマツ。
優勝が決まった時に泣いていたマツ。
誇らしげにチャンピオンフラッグを手にしたマツ。

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全てが誇りだよ。

なーおーき!なーおーき!なーおーき!なおきオレ!

2011年8月13日 (土)

松田直樹 追悼放送~マツのプロデビュー戦~ 

1995年3月18日、Jリーグの3年目の開幕日でした。

マリノスは鹿島スタジアムでアントラーズとの開幕戦だったんですが、そのピッチに高卒ルーキーのマツが右サイドバックで先発デビューを果たしました。

今日、スカパーでマツの追悼放送がありまして、食い入るように見てしまいました。
解説の音声は当時のものではなくて新しくかぶせたものでしたが、解説者が秋田豊さんだったのでDF目線と・・・なにしろこの試合に出てた人ですから、なかなか面白かったですね~。

マツの背番号は3。
・・・あれ?デビュー当時は14番じゃなかったけ?と思って調べたら・・・ああ、この当時は固定背番号制じゃなかったのね。
なるほど、先発メンバーは11番より大きい番号をつけている人がいない(笑)
でも、マツがプロ初試合で3番をつけていたってのは、何かの思し召しですね~。

しかし両チームのメンバーが超豪華(゚ー゚)

マリノスの先発は松永さん、井原さん、小村さん、水沼さんの日本代表組に加え、ビスコンティ、メディナベージョのアルゼンチンコンビ。

かたやアントラーズも負けていない。
秋田さん、本田さん、黒崎さん、相馬さんと・・・何といってもレオナルド!
現役バリバリのブラジル代表がピッチに・・・恐ろしや(`Д´)
レオ様はダントツの存在感でして、次元の違うプレーとはこういうものなんだと感じ。

水沼さんはこの試合が現役最後の試合だったそうですね。
その試合にマツが18歳でプロデビューしたというのは、何かの因縁っぽい。
(貴乃花に負けた千代の富士が引退を決意したとかに似てる?・・・違うかw)

この時期のサイドバックというのは現代サッカーのそれとは違い、サイドを駆け上がるものではなくて完全にDFだったようです。
マツは何度か前線に上がることはありましたが、基本的にきちんと守っていました。

ただ・・・マッチアップが相馬直樹とレオナルド!高卒ルーキーにこれはキツイ(笑)

しかし試合終了直前にはレオ様を削るなど気迫あふれるプレーで、デビュー戦とは思えぬプレーぶりでしたね。

試合はほとんどブラジルvsアルゼンチンで進められまして、延長Vゴールで小村さんの鋼鉄ヘッド(笑)が決まってマリノスの勝利!

この年は前期マリノス優勝、後期ヴェルディ優勝。
そしてチャンピオンシップでマリノスが勝って初めてのリーグ優勝を決めた年でありました。

初々しい18歳のマツも可愛かったけど、日本代表の伝説のプレーヤー達を久々に見れたことに興奮しました。
特に水沼さん。瞬間的なキレのあるプレー、見せてもらいましたよ(゚ー゚)

天国のマツ・・・マリノス、日本代表、山雅、今どのユニフォーム着てるんだろうね。
あれから少し俺の気持ちも落ち着いたけど、やっぱり寂しいよ、マツ・・・

2011年8月12日 (金)

カズさん in 日経新聞 2011年8月12日

『2000年6月、モロッコにてフランス戦に挑む日本代表のミーティングを思い出す』

今日の「サッカー人として」はこの書き出しで始まりました。
タイトルは『マツが残した ぎらつき』
マツへの追悼文となっている今回ですが、カズさんが冒頭で語ったこの試合は第3回ハッサン2世国王杯での初戦のことであります。

フランスのメンバーは海外サッカーにあまり詳しくない私でも知っている名前がずらり。
テュラム、デサイー、ジダン、トレセゲ、アンリ・・・恐ろしや(´・ω・`)
このフランスに対し日本は西澤・森島のセレッソコンビで2点を取り、2-2の同点で90分を戦い終えたもののPKで惜しくも敗退。

モリシの先制弾・・・興奮しました。フランスに先制したんですからね~(=゚ω゚)ノ
後半にジダンに同点にされた後、今度は西澤がスーパーボレーシュートを決めます。
西澤君はこの一発で海外への道が開けたんですからホントにスーパーゴールだったですよねΨ(`∀´)Ψ
しかし、あと一歩というところで歴史的勝利をつかむには至りませんでした。
この試合、カズさんは残念ながら出場機会はなし。

なぜ私がなかなか日経記事の内容に踏み込まずにハッサン2世国王杯の事を語っているかというとこの大会、我々カズさんファンには“今のところ”特別な大会だったからです。
このフランス戦に続く第2戦目、対ジャマイカ戦に途中出場したカズさんは代表55ゴール目となる得点を挙げました。
75分に名波に代わってピッチに入り、そのわずか3分後に中田英からのアシストでゴールを決めているんですねぇ。
・・・今のところ、これがカズさんの日本代表としての最後の出場試合および得点となっています。
今のところね。
マツのことに触れる前に、この場面が思い出された私でありました・・・

さて、今日の記事でカズさんはそんなことには微塵も触れず、マツのことをこう書いてます。
『若いころのマツは外国人選手だろうが誰だろうが小ばかにできて、僕も「たいしたことねえよ」とみなされた一人だった。敬意を払われるようになったのは彼が年を取ってからかな』
『それでもプロというものは丸くなるだけじゃいけないんだ。試合に出られなければ「くそ野郎」といきり立つくらい、ギラギラしていなければ』
『マツにはそれがあった。松本山雅からJリーグをにらむ顔が「俺はここからはい上がる」と語っていた。あのぎらつきがある限り、道も続いていたはずだった』

私の稚拙なコメントは不要ですね。

『プロというものは年を取っても丸くなるだけではダメ』というカズさん。
『俺はここからはい上がる』と言葉ではなく態度で示していたマツ。

「竜馬がゆく」の中の勝海舟の言葉を借りればまさしく、

『評するも人(大人物)、評さるるも人』ですね。

2011年8月 4日 (木)

初めてのファンレター~松田直樹選手へ~

マツへ

信じられないことだけど、今日君の訃報に接しました。
夕方、得意先での商談が終わって携帯を見ると、フラッシュニュースで君の記事が流れていました。
5時間も前に君は・・・

その時、俺が居た場所はたまたま新横浜の駅前。
一瞬、日産スタジアムに足を向けました。
きっとサポーター達が集まっているだろう。
きっとチャントを奏でているだろう。
そう思ったけど・・・そのまま自宅へと踵を返しました。

君の思い出に触れたい。
そして君を思って一人酒を飲もう。そう思いました。

正直に言います。
俺は決して君の熱烈なファンというわけではなかった。
俺がマリノスファンになって、スタジアムや練習見学に足を運ぶようになってちょうど10年。
その時その時で、俺がマリノスで一番好きなのは俊輔だったり、奥ちゃんだったり、ジョンファン、坂田、功治・・・
だって東戸塚時代だってマリノスタウンだって、ファンサで君は俺にサインを一度もしてくれなかったじゃない?(笑)

でもいつも君の熱さに感銘していたし、何より「時に人を引き付けることもあり、時に人に反感を買う」そのストレートで不器用な生き方に自分を重ねていたんだ。

俺も最近はスタジアムでコアゾーンにいることは無いし、大人しく2階で観てることが多いんだけど、前半からヒートアップしてオーバーラップする君に唖然としながらも「マツ~、帰ってこいよ~」と叫んで周りの笑いを誘うのは俺の得意技だったんだ。
「こい!こい!こいこいこいこい!」の時に君のオーバーラップがどんなに頼もしく感じたことか。

誰かが言ってた。
「FWの性格を持ってる男がたまたまDFをやってるんだ」と。
言い得て妙だよね。

古いマッチデープログラムをひっくり返してみたら、君が表紙になってたのがこんなに出てきたよ。

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今さらながら2005年のマッチデープログラムでの記事。
『岡田監督が「日本最高のDFだ」と言い、中澤が「あの1対1は真似できない」と尊敬し、サッカーマガジンの企画で「代表に足りないもの」という題で投稿を求めれば、ただ「松田直樹」と書いただけのものが多数届くという、万人が認めるその能力』

こんな選手他にいないよ。

マツ・・・
マツ・・・マツ・・・

大股で肩をイカラセながらオーバーラップする姿をもっと見たかった。

「俺、マジでサッカー好きなんですよ」そう言った君の姿を俺らはずっと忘れない。

我らがミスターマリノス、松田直樹。

これは最初で最後の君へのファンレター。

俺らは君のことをずっと忘れない。

俺はジイサンになってもずっとずっとこのチャントは忘れない。

なーおーき、なーおーき、なーおーき、なおきオレ!

お疲れ、マツ!

ずっと走ってきたんだから、ゆっくり休んでください。

2011年8月4日 たにかわ

2011年8月 2日 (火)

マツ・・・がんばれ!

詳細がまだわかりません。

元日本代表DF松田 練習中に倒れ心肺停止…熱中症か

祈る・・・

19:00現在
心筋梗塞らしい。大学病院の会見では状況は厳しいとの事。
がんばれ!マツ!

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