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2014年1月11日 (土)

【超訳】吉田松陰~留魂録~

僕は幕末史が好きで、特に坂本龍馬さんにまつわる書籍を読み漁った時期がありました。

その流れで今でも幕末史に関わる本は好きです。

最近、吉田松陰の語録に関わる「超訳本」を読み、久々に心打たれました。

例えば有名な「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」から始まる「留魂録」の超訳には胸を打たれました。

人生は四季を巡る

もうすぐこの世を去るというのに
こんなおだやかな気持ちでいられるのは、
春夏秋冬、四季の移り変わりのことを考えていたからです。

春に種をまいて、夏に苗を植え、
秋に刈り取り、冬が来れば貯蔵する。
春と夏にがんばった分、
秋が来ると農民は酒をつくって、
なんなら甘酒なんかもつくって、
収穫を祝い、どの村でも歓喜の声があふれます。

収穫期がやってきて、
きつい仕事がようやく終わった。
そんなときに、悲しむ人なんていないでしょう。

私は三十歳で人生を終えようとしています。
いまだ、なにひとつできたことはありません。
このまま死ぬのは惜しいです。
がんばって働いたけど、
なにも花を咲かせず、実をつけなかった。

ですが、
私自身のことを考えれば、
やっぱり実りを迎える時期がきたと思うんです。

農業は一年で一回りしますが、
人の寿命というものは決まっていません。
その人にふさわしい春夏秋冬みたいなものが、
あるような気がするんです。

百歳で死ぬ人は百歳なりの四季が、
三十歳で死ぬ人は三十歳なりの四季があるということ。
つまり、
三十歳を短すぎるというなら、
夏の蝉と比べて、ご神木は寿命が長すぎる
というのと似たようなものじゃないかと思います。

私は三十歳で、四季を終えました。
私の実りが熟れた実なのか、
モミガラなのかはわかりません。

ですがもしあなたたちの中に、
私のささやかな志を受け継いでやろう
という気概のある方がいたら、
これほどうれしいことはありません。

いつか皆で収穫を祝いましょう。

その光景を夢に見ながら、私はもういくことにします。

死を覚悟し、自分の人生を振り返った時に僕はこうは考えないだろう。

「いつか皆で収穫を祝いましょう」

これは心に響くね

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