俺のギター達
初めてギターに触れたのが確か小学校3~4年生の時。
TVのヒーローもの「キカイダー」が変身する前にギターを弾く、そのメロディを真似て姉貴のガットギターで遊んでいた。
俺のギターとの関わりはそれが最初であると言える。
しかし、中学1年生の時(1975年)、クラスメイトが教室で弾き語りをした、あのときのショックは30年以上経った今でも鮮明に覚えている。
やつは最高にかっこ良く、そして俺のヒーローだった。
俺のギター人生はその時から始まったといっても過言ではないだろう・・・ちと大袈裟か(笑)。
それから何台ものギター達と出会い、そして別れ、・・・時は経ち、今年(2008年)1月に1961年製Fender Stratocaster、4月に1982年製Gibson Leo’s Vintageの2本を手に入れた。
高校生のときから夢にまで見たギター達である。
リフィニッシュしたりパーツ交換があったり、リメイクものであったりと、決して完璧な彼等ではないが、 既に手に入れているMartinやSchecterも含め、自分としてある程度満足できるギター達に囲まれることができるようになった。
もちろん上を見れば1958年製Gibson“Burst”Les Paul Standardだとか、“夢”のギターは存在する。
しかし俺はプロではない。自尊心が満たされればそれで良いのである。
それに“夢”はいつも満たされることなく、心の中に存在し続けなくてはならない(カッコ良すぎか:笑)。
その意味では俺のギターへのモチベーションは満たされたのであろう。
なぜならば自分の手にしたギター達との“出会い”を記録に残そうと思ったのである。
こんなことは始めてである。
(しかも人生の中で“最も”と言って良いほどクソ忙しいこんな時に)
俺は決して優れたプレイヤーではない。どちらかというと、「ヘタッピ」である。
俺はプレイヤーと言うよりは“コレクター”なのだ。
であるが故、音がどうとかスペックがどうとか、それほど細かく書く気はない、というか書けない。
そしてギターは俺にとって恋人ではない。むしろ俺の人生に夢を与えてくれる仲の良い友人である。
だから俺のギターの名前は男の名前が多い。
例外として一番付き合いの長いMartinだけが『Minako』という女性の名前だが、
これはたまたまエピソードとして高校時代に好きだった女の子の名前がふさわしいと思っただけで、彼女に対して特別な思い入れがあるわけではない。
ここには今俺が所有している12台(2011年3月追記:手放した2台を含め19台)のギター達が登場するが、決して期待してはいけない。専門的なことは殆ど書いていないからだ。
繰り返す。これは俺とギター達の“出会い”の記録である。
俺と価値観を共感できる人だけが理解してくれれば良い。
今日も俺は彼等が待つ俺の家に帰るのだ。
嬉しいときも悲しいときも、黙って迎えてくれる彼等のもとへ。
2008年4月21日
H.T.“Richard”
2009年1月27日一部追記
2009年9月14日一部追記
「俺のギター達」在庫リスト(2011年3月7日現在)
Morris W-30
Ovation Super Adamas 1687-8
Schecter?(Body)+Fender Japan?(Neck)
Fender Japan Stratocaster Q Serial
Fender 25th Anniversary Stratocaster (1979年製)
Peavey wolfgang special(1990年代)
Fender CustomShop“All Rose”Telecaster(1990年代)
Gibson Les Paul Standard(Leo’s Vintage)(1982年製)
Fender Stratocaster(1961年製)
Schecter PW-ST-KORINA(2007年製)
Fender Stratocaster(1980年Body+1979年Neck)
Fender Mustang(1968年製)
Martin D-76(1975年製))
Fernandes ZO-3(1994年製)
Gibson Les Paul Custom(1974年製)
Kawai F-1(1980年製)
Martin D-18(1975年製)
最近のコメント